国民総職人時代
2020年4月1日
身体中をめぐる血液のごとく、お金を循環させて社会を存続させ活性化させていく経済活動。
良いサービスには沢山お金が流れ、そうでもないサービスはお金もらえない。
お金が滞れば活動は止まり、生命活動の停止にもつながる
だからして人々は努力してお金を回さんと創意工夫をこらす。
結果、世の中はすこしずつ成長していく。
だから経済を止めてはいけない
春節の際の中国人大誘致は当然正しい。
そのときすでに新型コロナ肺炎は始まっていたわけであるが、中国マネーの威力を知っている人々があの時点でインバウンドを捨てるなど出来るわけがない。
経済を回すには封鎖も自粛もすべきではないし、そういう前提のもとに生活は成り立っているのである。
それゆえ特定の業種、飲食店やライブハウスに、活動自粛など要請などすべきではない。
一般市民の我々も自粛などすべきではない。
今経済活動を続けることは即、死につながる可能性があるのだ。
経済の死は生命の死につながるのだから、経済の死を選ぶことは出来ない。
とある方面からだけ考えるとそうなるんだけど、
ぶっちゃけそりゃ無理だ。
感染したくないしさせたくないし、経済優先させて死ぬわけにはいかない。
経済止まったら死ぬって言われても、最悪のウイルス目の前にそんな理屈が通じるか。
お金を回して活動していく世の中のシステムは、別に宇宙のルールじゃない。
どうしても不公平(業種によって営業できなかったり自粛を強要されたり)が出るこの経済システムは疫病蔓延の世の中では立ち回らないシステムなんだと認めるべき。
人々はお金を越えていかいないといけない。
共産主義的に国が全部コントロールして……とかそういうのじゃない。
循環のシステムはそのままに皆が一斉に無償のサービスをすればよい。
無償でサービスを提供する代わりに無償で物を購入。(購入と呼ぶのは適切ではないかもしれないが)
それを実現させるには、お金にこだわらないほとの仕事への熱と愛が必要。
皆がお客さんの満足と自分の職人的満足を報酬と思えるならば可能なのだ。
全てのサービスが無償で横一列に並んでいたとき、選ばれるのは優良サービスだからして、成長はするわけだ。
全員が己の適性に向かい合い、お金もらわなくてもそれがんばれる、という職に就いたならば。
ただ無償で循環すると多分資源的なところでぶつかるんだけど、
再生可能エネルギーがもっと高効率になって、
もしくはおそらくすでに世の中にあるだろうフリーエネルギー……
まあそんな世の中になったら、疫病や天変地異など予期せぬ出来事でダメージを受ける業種をカバーできる世の中になるのではないかと。
さらにはお金のための行動は消え失せてね、打算的な結婚や、本当はしなくてもいい残業など。
売り上げのためのコストカットも。賄賂も援助交際も。
金融業の人たちどうしようね。投資家とかもね。