平成の呪い
2017年8月14日
私は1975年生まれ。昭和で言うと50年。
昭和生まれではあるが人生のほとんどを「平成」で過ごしている。
昭和天皇の崩御を経験したのは中学校一年生のとき。当時のクラスメートと顔と共にその当時のことは比較的よく覚えている。
天皇陛下(昭和天皇)に下血が続いたというニュースや、小渕さんの持つ「平成」という文字をみた瞬間、「平成(たいら しげる)」さんが存在するというニュース。
または七草がゆの話題。
昭和から平成の流れは同時に80年代から90年代への移行でもあった。
80年代と90年代の文化は違う。
80年代の(今見ると)ちょっとださいけど温かい感じ。家庭の味。積み重ねてきた文化。
90年代はクールでかっこよくて個人の味。積み重ねではなく自分たちで生み出す文化。
70年代後半からの記憶しかない私が語るのもなんだが、戦後から60年代70年代と発展をつづけた文化は80年代である種のピークを迎え、飽和して崩壊し、違うもの、90年代のものにとって代わられた、のではないか。
歌謡の世界などは顕著だと思う。
お茶の間でかじりついて観ていたベストテン番組の終演、バンドブームの到来。
私にとって新しくやってきた90年代の象徴は
ダウンタウン(80年代から全然活躍してるけどいよいよ全国区になってきたのは90年代という意味で)、Mr.チルドレン、ビーズ、スマップなど
90年代が終わり、ミレニアムだかなんだかのキーワードやノストラダムスや2000年問題と共に2000年代になり、
いつの間にか2010年代も後半になりふと気が付くこと
時代が変わっていない、と。
これ誰か共感してもらえるだろうか。
私は80年代の文化が好きであった。
私にとって90年代は、私の好きだった80年代を追い出したものである。
90年代に芽生えたものが年代を超えて影響力を保ち続けていることによくストレスを感じるのだ。
が、昨今ネットの普及とともにテレビが力を失いつつあり、昨年スマップは解散し、長年君臨してきた90年代の牙城もいよいよ衰退の兆しを感じる。
そこで今上天皇の退位の問題。
やはりこれこそが時代の変化の象徴となるのだろうか。
90年代、2000年代、2010年年代と時代が変わらなかったのではなく、平成の力が君臨していたのだ。
私は思う。
80年代は平和だったが、その平和さは戦前戦後の反作用だったのではないか。
トータルで見ると昭和は平和一色などではなく最大級に混沌も存在した白黒のストライプであると。
それゆえ「平成」の時代、「変わらない・波のない世の中」を願った強い力でもあるのではないか。呪術的に。
変わらない世界への渇望で呪いの様にしばりつけられていると。
しかし。
それもいよいよまた違うサイクルへと移行するのであろう。
それはきっと、私にとっては良い兆しになると思う。
平成の間中、私は水面下であった。
誤解されたくはないので明言しておきますが、私は今上天皇に畏敬の念を持っていますし、退位問題に意見があるわけでもないです。
ただ時代の力というものに思いをめぐらせているにすぎません。
コメント
こんばんは。
今振り返ってみたら、ここにコメントするのは約2年ぶりになるのですね。(o^^o)
僕は80年代と90年代の溝って、人類の進化史上の曲がり角、
まあ、そこまで言っちゃうと言い過ぎですが、まあでも、なんか大きなものを感じますね。
2017年8月15日23:15 | ようひ
ようひさんコメントありがとうございます!まさに溝ありますよね~。
もしかしたらもっと古い人たちには40年代から50年代の方が溝大きいのかもしれませんが…
2017年8月16日09:29 | ryo-daikyoji